『笹舟』

靴を脱ぎ小川に裸足を浸していると、上流から笹舟が流れてくる。おかしなことに、笹舟には一行の言葉が乗り込んでいるらしい。気になってそれを手に取ると、こうあった。

 

「電車で隣の人が寝そうな時、寄りかかっていいのにといつも思う」

 

優しい人のあるある?

言葉の顔を見ても、何故か分かったように頷くだけなので、愛想笑いだけして水面に戻す。

顔を上げながら視線を移すと、また別の笹舟がちょうど足元に流れてきていた。

思わず手に取ると、こうある。

 

エスカレーターの手すりに一言「それでいいのか?」」

 

疑問の残る大喜利の回答?

言葉の方を見ると、口をしきりに動かして、どうやら歯に挟まった何かを取ろうとしているようなので、見ないふりをしてまた水面に戻す。

 

すこしすると、また笹舟が流れてきた。手に取ろうとすると抵抗したが、顎の下を撫でてやるとすぐ大人しくなった。今度はこうあった。

 

「勘違いというか、頭がバグってしまって」

 

不可解な言動の、さらに不可解だけどなんかみんな分かっちゃう言い訳?

首を傾げながら撫で続けていたら言葉が寝てしまったので、起こさないようにそっと水面に戻す。

 

結局その日は日の落ちるまで、流れてくる言葉をいちいち拾っては、また水面に戻して過ごした。

 

…「一昨日食べた魚の味です」

「電車内の広告、枠からはみ出してると勝手に整えちゃう」

「メールのタイトルが最初からRe:」

「にゃんにゃにゃーんってなんだよ」

「サイレント老人」

「自分のペースで食べればええんやで」

縄文土器の自家栽培」…

 

帰り際になって、自分も言葉を流してみたくなり、手頃な葉を探して笹舟をこしらえた。言葉のほうは、なんとなしに思いついてしまったので「じゃがいも旅行」と呟いてそれを乗せた。

笹舟は静かに流れて行った。

 

翌日、夕方になって再び川の様子を見に行くと、岸辺に一艘の笹舟が打ち上げられていた。運悪く乗り上げてそのまま動かなくなったらしい。近くに言葉の姿はなかったが、笹舟には小さく「カビキラー」と書かれていた。

 

その日は、家に帰ってすぐに寝てしまった。