今月の断片 2023-08

 

 絶滅を思わずにはいられないような猛暑が続き、1週間の夏休みはほとんど家でゲームだけして過ごした。
 一度だけ遠出をして、友人たちと熱海まで出かけた。目当ての温泉施設に到着して露天風呂に入ると、訪れた人がみんな同じような気の抜けた表情で海を見ていた。全員が「海だなぁ」という顔をしている。温泉を出ると広いラウンジにいろんな種類のソファがあって、同じ館内着の人々がいろんな形になって休んでいた。

 

 穏やかだが力の無い生活。
 ある種の人間だけが豹変したり狂ったりするのではなくて、全ての人間は放っておけば必ずおかしくなっていくのだ、というような気がする。そういう危機感がある。それはひとりの夜だけでなく、例えば大人数での飲み会みたいな、退屈な気晴らしの中でも感じる。抵抗する力、逆走する力が必要だが、いま自分の中を探してもそれはない。不安になる。これも暑すぎるだけかしら。

 

 ルームシェアを始めて半年が過ぎたが、同居人との付き合いはそれ以前からもっと長く、高校では演劇部同期の男子三人組としていつもつるんでいた。その三人組のもう1人が、とある金曜日に遊びに来て、2年ぶりに対面を果たした。相変わらず背が高かった。
 再会が久しぶりになったのは、彼が昨年1年間留学していたからで、今度も秋からイギリスの大学院に進学が決まったらしく、その前に一度顔を見たいと、自転車を漕いでわざわざ会いに来てくれたのだった。
 その夜は三人でたくさん話して、日付が変わるまでスマブラをして遊んだ。そのまま泊まった彼が渡英前に寿司を食べたいと言うので翌日は近所の回転寿司に行ったが、これまで顔を合わせればラーメンばかり食べていたから寿司を食べることなんて初めてのことで、なんだか気恥ずかしく変な感じがして、全員黙ったままサーモンやハマチの流れてくるのを見ていた。
 帰り際、「昔、杉田に手紙を書いてもらって」と言われ「書いたっけ」と答えたことをすぐに後悔した。「ことあるごとに背中を押してもらったよ」と言われた。僕は僕が彼に渡したその言葉をもう覚えていないのだった。元気で、と手を振ると彼の自転車が走りだし、角を曲がって見えなくなった。

 

 

今月の断片 2023-07

 

 先月買って届いたガラス容器のこと、考えると嬉しくなる。あのコツコツとした感触、耐熱ガラスの分厚さ、でもあまり重くなく、余計な溝がないので洗いやすい。蓋をつけて重ねると食器棚や冷蔵庫に行儀良く収まる。
 今日はその容器にピーマンと茄子とプチトマトの焼き浸しを作って、冷蔵庫に入れた。明日つゆごとそうめんにかけて食べる予定。最近は食べることばかり考えている。

 

 僕が季節外れのチキンマカロニグラタンを作って汗だくになって食べている時、ある友人は会社に行けなくなって仕事を休んでいる。ある友人は遠い町へ移住することを決断し、ある友人はその飛行機を見送っている。今もどこかで起こっている人生を変えるような出来事と、いつものキッチンでフライパンに飛び込む大さじ2の醤油。みんな健康でいてほしいと思う。

 

 とある週末、高校からの仲良し6人組で日光旅行。もう5年も一緒に年越し旅行をしていて、さらに昨年から始まった夏の旅行も恒例行事になりそう。僕はいつも旅行先で全然眠れず、しかもひどく虚しい気持ちになるのだが、このメンバーでの旅行はもう7回目になるので、普段通りの気持ちで眠ることができる。毎回同じ系列の宿泊先なのも安心できて良い。
 テラスでバーベキューをした後、ひとあし先に寝室に引き上げベッドに潜ると、ドアの外から酔っ払って上機嫌な声が聞こえてくる。よく聞くと、何故かさっき聞いたのと全く同じ会話を繰り返して笑っている。

 

 

今月の断片 2023-06

 

 よく知っている人の顔を、改めて思い出したりよく見たりすると、全然知らない人のように思える時がある。なんとなく、違う学校の人、という感じがして笑ってしまう。もう学校通ってないのに。

 

 とある週末、4年ぶりに実施された社員旅行に初めて参加したが、みんな同じ会社のメンバーですよという建前のもと100人近くの見知らぬ大人と宴会やクルーズに参加させられ、全体的に誰?という気持ちに支配されながら過ごした。
 2日目にバスで向かった旧軽井沢銀座では、自由時間にみんなが食べ歩きなどをする中、ひとり道を外れて室生犀星記念館へ向かった。商店街の人混みを抜けて横道に逸れると、突然景色が変わって林道の入り口があり、すこし進んだところに作家の旧邸がひっそりと残されていた。その日は暑いほどの快晴だったが木立の中は涼しく、苔庭を木漏れ陽が照らしていた。都心ではまだ聞かないが、あの場所では蝉が鳴いていた気がする。あれだけは本当に良かった。

 

 朝8:30に目覚ましが鳴る。9:00始業、朝のミーティングに参加。12:00から昼休み、ニュースを見ながらご飯を食べる。14:30下校時刻の放送が聞こえる。15:00詐欺防止の放送が聞こえる。同時にリビングでルンバが動き出す。17:30夕方のチャイム。18:00定時。22:00くらいにお風呂。24:00就寝。朝8:30に目覚ましが鳴る。

 

 先日、近所の一軒家の塀に「大葉です。ご自由にどうぞ」と書かれた張り紙があり、その真下にプランターが置かれているのを見つけた。恐らく誰も手をつけていなかったのだが、今日見るとそれが近くの電柱の根元に移動していた。なんで、より抵抗感の強い場所に移動しちゃうんだ。他人の育てた大葉を取って食べること自体そもそも気が進まないのに、電柱の下に置かれていたら抵抗があるのは絶対だ。「そんなことありません。私の育てた大葉は綺麗で美味しいです。」生産者はこちらを真っ直ぐに見てそう言うのかもしれない。怖い。

 

 4・5・6月と毎月公演が続いたが、それも全て終演。感謝の正拳突き。今後は一応10月の資格試験に重点を置こうかなーと思いつつ、まあやっぱり色々、という感じ。

 

今月の断片 2023-05

 

5月5日(金) 晴れ

 ゴールデンウィーク後半の夏日、今年初めて半袖を着て稽古のため外へ出る。西荻窪で降りて最近できた感じのお洒落イタリアンに入ったら、BGMに羊文学が流れていて少し笑っちゃった。露骨にイイネを狙っている。カウンターには瓶に入った乾物が並んでいる。

 

5月6日(土) 晴れ

 今日も稽古。駅の反対のホームに立つユニフォーム姿の高校生が同居人に似ていて一瞬空目する。あれ、なんでこんなところに……あ全然違うわ、違う人だった。ていうか、なんのスポーツだそれは、ラクロス

 

5月9日(火) 曇りときどき雨

「自分の人生だけがどこにも進んでいかないような気持ち」

 

5月13日(土) 雨

 半年以上頭を悩ませていた戯曲の書き下ろしが一旦完了。この件に関しては反省と後悔が多すぎる。全然手に負えないことに手を出して、順当に苦しんだ。多分告知はしない。この半年間ずっと忙しかったが、これでなんとか出口が見えてきた。
 稽古で衣装合わせ。手持ちレパートリーの無さに驚きつつ服をトートバッグに詰めて出発したが、雨から守るのが下手すぎてびしょびしょにしてしまった。で〜んで〜ん(おでんくんの泣き方)
 夜はようやく時間が空くので、昨日発売のゼルダの新作をやれる。本当に楽しみにしてた。約束された長く楽しい夢。

 

5月14日(日) 曇り

 友人と遠出。集合場所に向かう途中、ランチパックのゴミが電車の座席に乗って移動していた。君も遊びに行くのかい。

 

5月20日(土) 晴れ

 今日は「なんか疲れる日」だった。
 まず勤め先の送別会で昼から上野に。同期との飲み会はすでに何回か開催されているが、毎回盛り上がらない。なんとなく全員お互いに興味がなさそうで、それを全員が薄々感じている。そんな会はもうやめた方が良い。
 途中で抜けて、MELTの収録イベントを観に下北沢へ移動。絶対に遅刻するまいと1時間前に下北沢に着いたが、そこから油断して散歩と買い物をしていたら開演時間になっていた。ん゛あ゛〜、どうしてこうなるの〜、と頭をかきむしりたい気持ちで劇場に駆け込んだ(コントは面白くて良かった)。
 終演後はリモートで打ち合わせの予定があったため急いで帰宅。ところが相手の都合が悪くなり急遽明日に変更された。あー……まあしょうがない。しょうがないんだけどさ。だったら下北沢で新雪園(めちゃくちゃ美味い中華屋)行けたじゃん、とか思いながら、カップ麺で夕飯を済ませて終了。
 これが僕の「なんか疲れる日」です。君のはどんなだ。

 

5月22日(月) 曇りときどき雨

 シンプルに体調が悪い!(ノブ) ここ最近忙しいのもあって外食が続き、ラーメンとか牛丼単品とかばっかり食べてた結果、ちゃんと元気がない。こうなって初めて、普段意識していない身体のメカニズムを思い出すというか、内臓とか自律神経とか身体の全てが現実に存在しているんだなということを自覚する。食べよう。

 

5月29日(月)  曇りときどき雨

 終演。日常が戻ってくる。充実した非日常も好きだけど、いつも通りってやっぱりいいよな。安心する。変な夢ももう見ない。

 

 

 今年の下半期は公演の予定もなく、一旦落ち着いて会社仕事と生活に集中かなと思っていたけど、いざトンネルの出口に近づいてみると、まだ取り込みたいこととか、続けて試したいことがたくさんある。時間はあまりない。だから「走りながら考えるしかない」。これはオモコロ原宿さんの言葉。金言だ。走りながら考える、歩きながら考える。

 

今月の断片 2023-04

 

 椅子を買った。引っ越して来てからこれまでの間、以前の住人が間に合わせに買った安物のパイプ椅子を使っていたのだが、座りづらいし落ち着かないので、高めのゲーミングチェアを思い切って買ってみた。なかなか良い座り心地で気に入っている。
 思えば自分のお金で椅子を買ったのは初めてかもしれない。引っ越してから早3ヶ月が経とうとしているが、まだまだ初めての買い物が続いている。初めてのリンゴ、初めてのツナ缶、初めてのオイスターソース。そういえばエアコンはまだ買えていない。

 

 今月中旬に公演があって、それまでの週末はほとんど家にいられなかったから、次の土曜日は家事をするつもりで空けていた。
 前日に双子が遊びに来て、一緒に寿司を食べた。ここまでは予定通りだったのだが、結局彼はそのままリビングに泊まり、翌日も朝から2人でメロンパンを食べスマブラで遊んで過ごした。掃除しなきゃな〜と思いながら、お昼にナポリタンをつくってまた一緒に食べて、帰る双子を駅まで見送るついでに散髪に行き、買い物に寄って帰る。再び、あ〜掃除しなきゃな〜と思いながら、なんだかのんびりしているといつの間にか夜になって一日が終わった。
 忙しさを言い訳にやらなかったことが、暇な時間を過ぎてもまだできていない。正体は怠惰!

 

 

今月の断片 2023-03

 

 花粉症と稽古の日々。

 

 実家を出て2ヶ月経ったが、今のところ双子の相方がおよそ週に1回のペースで遊びに来ている。基本的には仕事終わりに来てくれて、ラーメンを一緒に食べてからスマブラで遊んで帰っていくだけだが、先日は仕事終わりではなく休日の昼間に遊びに来たので、せっかくだからと近所の公園までお花見に行った。着いてみると桜はまだ5割咲きほどだったが、満開の来週末は雨らしいし、これが今年の花見になるだろうと、売店でたこ焼きを買って食べた。結局、その日もいつも通り家に戻ってスマブラをして、そのあとで近所の定食屋に入って夕飯を食べた。気さくでローカルな感じのその定食屋はメニューにハムカツがあり、それだけで印象が良かったし、実際のところとても美味いのだった。
 つらくなった時はミックスフライたちのこと思い出すよ、あの日食べたイカフライアジフライエビフライカキフライのこと。

 

 

今月の断片 2023-02

 

 変わらないね、と言われる。同窓会やそれに類するような場で数年ぶりに再会した旧友たちが決まってそう口にするので、本当にそうなんだろうなと思う。周囲では、あの子すっかり大人になったねとか、一瞬誰だか分からなかった、なんて声が囁かれるので、僕も見違えるほどの変貌をしてみたいと思うが、必ず、そしてなぜだかしみじみと、変わらないねぇと言われるのだ。元々落ち着いた性格でそれが今も変わらないからかも知れないが、別にそうなりたくてなった訳ではないし、なんだか自分だけがどこにも進んでいないような気持ちになる。しかし、変わらないねと実感を込めて言われる中には安心も含まれているようで、それはそれで良いことのような気もしてなんだか複雑である。そんな僕も少しずつは変わっているはずなのだから、いつか変わったねと言われることがあるのだろうか。言われたとして、それは良い意味なんだろうか。

 

 先月末、実家を出たのだった。引っ越してからの2週間はまるで修学旅行の気分で、歯を磨くのもウキウキという様相だったが、ある時ふと、寂しさと虚しさに襲われて、あー、いま初めて非日常が日常になったな、と思った。新居に慣れるというのは、生活のサイクルが整うことでも、新しいベッドで眠れるようになることでもなく、顔馴染みの暗い感情がやってくることなのだ。
 一番心配していたのは自炊だったが、思いのほかなんとかなるものである。昼食は同居人が作ってくれるし、夕飯もその日その日で買い物に行って欲望のままに食べたいものを食べている。そのうち、まとめ買いしてその中で作れるようになるのかしら。
 この町では、平日の14:30と毎日16:30にチャイムが鳴る。季節によって変わるのかどうかはまだ知らない。